説明
理性と実験の終着点 —— SCiENCE LONDONという名の「完全体」
SCiENCE LONDONというブランドを語るとき、つい「歴史」や「希少性」といった言葉から話を始めてしまいがちですが、本当はそんな入口から語る服ではないと思っています。
これは流行やシーンの産物ではなく、もっと個人的で、もっと不器用で、そして膨大な時間と情熱を必要とする場所で生まれた、ティムの「意志」そのものだからです。
1980年代、ロンドン。
ティム・ウォリンジャー(Tim Wallinger)の手によって、SCiENCEは生まれました。
当時、まだ珍しかった独立系メンズウェアデザイナーとして活動していた彼の服づくりは、クラシックでもストリートでもない、どこか張り詰めたような緊張感をまとっていました。
時代に迎合せず、自分が信じる形だけを追い続ける。
合理性と衝動、理性と実験。そのせめぎ合いを、服という形に落とし込む。
〈SCiENCE〉という名前には、そんな彼の姿勢がそのまま刻まれています。
構築的な“ツギハギ”
今回、長い沈黙を破って復活したこのフィッシュテールパーカは、SCiENCEというブランドを象徴する一着です。
ベースにあるのはM-51フィッシュテールパーカ。
しかしそこには、左右非対称に、パネル状に切り替えられた複数の素材が混在しています。
一見すると、それは奔放な“ツギハギ”に見えるかもしれません。
けれど、その実態は極めて構築的で、極めて理性的なプロダクトです。
パーツごとに異なる生地を使い、それぞれの厚み、張り、重さを細かく読み取りながら組み上げる。
視覚的なインパクトの裏側には、数ミリ単位で設計されたバランスと、冷静すぎるほど整理された設計図が存在します。
感覚で作られているように見えて、実は「感覚だけ」では決して辿り着けない。
このパーカは、そんな高い知性の上に成り立っています。
「現実的ではない服」が持つ価値
このパーカを成立させるには、膨大な時間が必要です。
過去にこのパネル仕様が作られたときも、完成までに3年ほどかかったと聞いています。
理由は単純です。
効率や量産のロジックを優先した瞬間に、この服は成立しなくなるから。
生地の組み合わせ、縫製の順番、仕上がりのわずかな重心の違い。
ひとつでも妥協すれば、この圧倒的な存在感は生まれません。
だからこそ、この服は常に「現実的ではない服」として、限られた時間の中でしか生み出されてこなかったのだと思います。
ライニングがつくる、もうひとつの完成度
このパーカの完成度を語るうえで、もうひとつ欠かせないのがライニングの存在です。
付属品、と呼ぶにはあまりにも仕事をしすぎている。
このライニングは、単体で見れば一着のカーディガンジャケットのように成立しています。
しっかりと厚みがあり、袖を通すと想像以上に暖かい。
軽いインナーではなく、れっきとしたアウター寄りの存在感です。
コートに装着した状態では、その重みが自然と全体を下へ引き、シルエットがすっと落ち着く。
重心が下がることで風が入りにくくなり、着心地はより“防寒着らしい”ものへと変わります。
見た目にも、ずっしりとした安心感が加わる。
一方で、ライニングを外したときの変化も驚くほどはっきりしています。
コート単体になると、空気を含んだような軽やかさが現れる。
身幅や裾に余白が生まれ、風が入れ替わるような感覚すらある。
春や秋には、この表情の変化がとても心地いい。
コートとして着る。
ライニングを重ねて着る。
そして、ライニングだけを一着として着る。
この三つの状態すべてが最初から想定され、バランスまで含めて設計されている。
「取り外せる」という機能の話ではなく、着方が変わることで服の性格そのものが切り替わる。
その変化までもが、きっと計算のうちなのだと思います。
10年の月日と、消えなかった憧れ
実は、僕はこのパネル状のフィッシュテールパーカを、ずっと欲しいと思っていました。
かつて、僕が働いていた店に、このモデルが入荷してきたことがあったんです。
洋服屋として、「お客さんが先」というのは当たり前のこと。
頭では分かっていながら、心の中では「売れないでくれ」と念じてしまった。
でも、そんな願いも虚しく、そのパーカはすぐに完売しました。
嬉しさと同時に、どうしようもない悔しさが残った。
不思議と、その気持ちは時間が経っても消えませんでした。
その後、どうしてもサイエンスのパーカが欲しくて、一着だけ用意してもらったのが、いまも10年以上着続けているオイルドコットンのモデルです。
自分以外に着ている人を見たこともないし、展示会に行くと諸先輩方に褒められることも多い。とても気に入っている一着です。
それでも、心のどこかにはずっと
「もし、あのパネルのフィッシュテールがもう一度作られるなら」
そんな思いが燻り続けていました。
受け継がれた意志、そして英国の矜持
その後、さまざまな事情が重なり、SCiENCEのフィッシュテールパーカは長い間作られなくなりました。
ティム自身は第一線を退き、正直、もう二度と作られないと思っていました。
だから今回の復活は、単なる「復刻」ではありません。
長年ティムの仕事を愛し、その思想を深く理解してきた日本人の手によって、その意志が再び形になったのです。
イギリスの生地を使い、イギリスの職人が縫い上げる。
実験的で前衛的なデザインの深層に、揺るぎない英国のクラフトマンシップが脈打っている。
例えば、ライニングの縁を彩る伝統的なハウンドトゥース(千鳥格子)のパイピング。
装着したとき、縁からほんの少しだけ覗くように計算されたその出具合は、出過ぎず、隠れすぎない。
ダークトーンを基調とした静かな世界の中で、気づく人だけが気づく、美しいアクセントです。
そして、ライニングに至るまで一切の妥協を排したその作りは、「便利さ」よりも「正しさ」を、何よりも優先していることを静かに物語っています。
完全体という言葉の意味
このパーカを見ていると、「誰に向けて作られたのか」という問いそのものが、あまり意味を持たないように思えてきます。
マーケティングの回答や、売りやすさという名の正解のための服でもなく、誰かにアピールするための服でもない。
そこにあるのは、「どうしてもこの形でなければならなかった」という剥き出しの意志だけです。
擦り切れても気にせず着る。
破れたら直す。
時間とともに変わっていく姿さえも、そのまま受け入れてくれる。
誰も着ていない。
けれど、決して奇抜ではない。
それは、着る側の「覚悟」を静かに問いかけてくる、アートピースのような服です。
『価値』の意味を問いかける一着
正直に言うと、
おすすめしたい気持ちと、教えたくない気持ちが、今も同時にあります。
本当は、店で、顔を見て、喋って売りたい。
売れてしまう不安と、旅立っていく寂しさ。
それでも、誰かの人生に残ってほしいという願い。
あの日の憧れと、復活の嬉しさと、売れていく未練。
すべてが詰まった一着です。
1980年代から作り続けられてきた、SCiENCE LONDONのフィッシュテールパーカ。
これは、一つの完成形です。
服の値段を超えて、
『価値』という言葉の本当の意味を、静かに教えてくれる一着だと思っています。